【無慈悲】相手チームの心をも打ち砕く めった打ち日本プロ野球記録5選 メッタ打ち Twitter Facebook はてブ Pocket LINE コピー 2026.05.03 先日、北海道日本ハムファイターズが 福岡ソフトバンクホークス相手に1回に11点、2回に5点を取り 総スコア17対5で完勝した ...
@萩茶 2026-05-14 1997年か1998年 近鉄対ロッテ、 大阪ドーム、 ロッテが1回2回、 5点取り10対0から 最終的に近鉄が 11対10サヨナラ勝ち したのが懐かしい クラークがサヨナラ タイムリーでした ロッテ暗黒時代の ころです。
@じゅんっち-v9k 2026-05-13 えっと10者連続安打の千葉ロッテの説明の時なんですが、5番サブローがソロホームランを打った後6番ムニスがタイムリーツーベースって言っていたけど、ランナーがいないので6番ムニスのツーベースが正しいですよね。
@NAO-qv3rc 2026-05-13 2003年8月1日 オリックスですか 今でも思い出しますよ オリックス・ブルーウェーブ対福岡ダイエーホークス たしか先発マック鈴木でした 入るときマクドのポテトの引換券が配られ みんなでマック鈴木にこれどこで変えるねんと冷やかしてました 1回7点 マック鈴木 ワンナウトも取れず降板 肩を落としベンチへ まだマクド バイト間に合うで 早く行きなの野次 2回8点 これでオリックスファンみんな帰りました スタンドががらがらと思ったらダイエーファンが増殖 3回8点 みんな疲れて もうええわ早く終わろとまで野次 そして奇跡の3連発 ズレータ 出口 鳥越の3連続ホームランがでました 9回いらん1点を寺原が献上してゲームセット 2次会も1時間やって電気がそうそうと消され はよ帰れでしたわww そして翌日 電車に乗ってたら仰木元監督が 今日は勘弁してやと話かけてきました ラジオのゲストか何かで呼ばれたのかな この日は打ち負けて 日曜日は楽勝で勝った 3日で50失点以上 俺達はラグビー見に来てると違うぞと野次がww その後 球場名が みんなで やっぱりべべたスタジアムと呼ばれるよになりました
@こう見えて愛妻家 2026-05-13 楽天だったかな? ロッテ相手に0-26という漫画みたいなスコアで負けた事なかったでしたっけ? まぁあの時の楽天はチームとして出来たばかりだから仕方ないのかなと思いました
@氷の恒星 2026-05-13 2005年のロッテvs楽天戦がなかった。 あの当時、楽天のパ・リーグデビュー戦だったけどロッテに26失点で大敗。 あの年の楽天はほとんど近鉄の2軍みたいなチームだったので最下位で終わってしまった。 その後、ドラフトや他の球団からの移籍などで徐々に力をつけていった楽天。
@唯我独尊天上天下-b5d 2026-05-13 1997年5月、福岡ドームで西武がダイエーに21対0の毎回得点(29安打)で勝った試合があったな。 この試合で西武の豊田投手が2試合連続完封したのも覚えてる。
@NAKA24y 2026-05-12 ※11/8:文中の誤りをご指摘頂きましたので訂正いたします。 1940年の阪急-南海のスコアを32-4としておりましたが、正しくは阪急 32 - 2 南海です。 志村さま、ご指摘。有難う御座いました。 ちなみに、2003年のオリックスはチーム防御率が歴代ワーストの5.95(失点もワーストの927)でした。 ダ 29 - 1 オ の試合ですが、1940年の阪急 32 - 2 南海(※11/8訂正)以来となる1試合最多得点差(28点差)の試合だったと記憶しております。 くしくも、同じ球団(しかも同じ1989年に大阪の鉄道会社から身売りされた2球団)の対戦というのが、因縁を感じました。 オリックスの暗黒時代でしたが、本年はリーグ優勝誠におめでとうございました。
@ドラえもん-n7r 2026-05-12 2010年8月25日の京セラドーム大阪での広島カープ―阪神タイガースの試合で阪神タイガースが球団新記録の20安打22得点で広島カープを圧倒した試合もあったなぁ。
コメント
近鉄対ロッテ、
大阪ドーム、
ロッテが1回2回、
5点取り10対0から
最終的に近鉄が
11対10サヨナラ勝ち
したのが懐かしい
クラークがサヨナラ
タイムリーでした
ロッテ暗黒時代の
ころです。
10号11号12行になってたwww
岩村が早々に離脱も、代役の鈴木健が見事復活してたっけ。
全イニング得点やっているんだけど
これはこれで、
メッタ打ちだよね!(^^)b
wwwwwwwww
ロッテがビジターなら
東京ヤクルト対千葉ロッテとしましょう。
主催チームが前にきます。
たしか先発マック鈴木でした 入るときマクドのポテトの引換券が配られ みんなでマック鈴木にこれどこで変えるねんと冷やかしてました
1回7点 マック鈴木 ワンナウトも取れず降板 肩を落としベンチへ まだマクド バイト間に合うで 早く行きなの野次
2回8点 これでオリックスファンみんな帰りました スタンドががらがらと思ったらダイエーファンが増殖
3回8点 みんな疲れて もうええわ早く終わろとまで野次
そして奇跡の3連発 ズレータ 出口 鳥越の3連続ホームランがでました
9回いらん1点を寺原が献上してゲームセット
2次会も1時間やって電気がそうそうと消され はよ帰れでしたわww
そして翌日 電車に乗ってたら仰木元監督が 今日は勘弁してやと話かけてきました ラジオのゲストか何かで呼ばれたのかな この日は打ち負けて
日曜日は楽勝で勝った 3日で50失点以上 俺達はラグビー見に来てると違うぞと野次がww
その後 球場名が みんなで やっぱりべべたスタジアムと呼ばれるよになりました
ロッテ相手に0-26という漫画みたいなスコアで負けた事なかったでしたっけ?
まぁあの時の楽天はチームとして出来たばかりだから仕方ないのかなと思いました
あの当時、楽天のパ・リーグデビュー戦だったけどロッテに26失点で大敗。
あの年の楽天はほとんど近鉄の2軍みたいなチームだったので最下位で終わってしまった。
その後、ドラフトや他の球団からの移籍などで徐々に力をつけていった楽天。
この試合で西武の豊田投手が2試合連続完封したのも覚えてる。
1940年の阪急-南海のスコアを32-4としておりましたが、正しくは阪急 32 - 2 南海です。
志村さま、ご指摘。有難う御座いました。
ちなみに、2003年のオリックスはチーム防御率が歴代ワーストの5.95(失点もワーストの927)でした。
ダ 29 - 1 オ の試合ですが、1940年の阪急 32 - 2 南海(※11/8訂正)以来となる1試合最多得点差(28点差)の試合だったと記憶しております。
くしくも、同じ球団(しかも同じ1989年に大阪の鉄道会社から身売りされた2球団)の対戦というのが、因縁を感じました。
オリックスの暗黒時代でしたが、本年はリーグ優勝誠におめでとうございました。
つば九郎「おれもやられた」
ダ 23
オ 0
3回裏
ヤフーBB
なんでや○○関係ないやろ